耳鼻咽喉科サージクリニック 老木医院
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お母さんのための『中耳炎物語』
「保育園がやり玉に・・・」

 午後3時、仕事中の会社のデスク。「保育園から電話です。」という交換手の声に、K君の母親の表情がにわかに曇る。

保育園 「お母さん、すみません。T君が先ほどから耳を痛がって、泣いています。熱は今のところありません。」

K君の母親 「すみません、お手数で申し訳ありませんが、今日はなるべく早く迎えにいきますので、薬を飲ませておいていただけますか。保育園のリュックのサイドポケットの底に薬を入れてありますので、よろしくお願いいたします。」

保育園「はい、わかりました。」

 電話を切った直後は少しほっとする。保育園の先生がすぐに了解してくれたからだ。この前みたいに「すぐに来てもらわないと・・」といって粘られると、本当に困ってしまう。こっちだって仕事があるのだ。そして、やっぱり、ため息が出る。とにかく悲観している暇はない。少しでも早く仕事をこなさないと。

 今は会社も忙しい決算期。残業をしないだけでもかなり心苦しいのに、早引けなんて到底できない。事情を話し、5時過ぎに、今や白くなることもなくなった周囲の目を尻目に、会社を飛び出す。こんなに焦って帰っても、せいぜいいつもより15分ほど早いお迎えになるだけなのだが、やはり少しでも早くいってやりたい。

 K君は2歳4ヶ月。今は3月上旬。ようやくポカポカと暖かい日差しの日が増えてきた。しかし、K君の耳の方はさっぱり。去年の12月からもう5回も中耳炎を繰り返している。最近は時間があれば、耳鼻科通いを続けている状態。

 ようやく保育園に到着。ヤバい、やっぱり園長先生のお出迎えだ。

 保育園園長 「ついさっきまでず〜っと泣いてたんですよ。今は薬が効いたのか、寝てますけど・・。」

 K君の母親 「すみません、もっと早く来たかったんですけど、どうしても抜けられなくて・・」

 ここでも批判の視線を背に受けながら、足早に脱出。感傷に浸っている暇はない。今度は耳鼻科だ。しかし、いつものこととはいえ、やはり仕事帰りの耳鼻科通院はつらい。

 なんとか受け付け時間ギリギリにG耳鼻科医院に飛び込む。待合室は子供であふれている。ボーッと待つこと40分、待合室が閑散としてきた頃、ようやく名前を呼ばれた。

 K君の母親 「すみません、今日の午後からまた右耳を痛がっています。鼻は2・3日前から少し濁った鼻水が出ていました。熱はありません。」

 フムッとG医師は診察を開始した。母親は少しほっとした。今日はうまくいえた。このG先生はいつから、どこが、どうなったか、鼻水は濁っているかどうか、熱があるかどうかを順序立てて、きっちりいわないと、機嫌が悪くなる。

 G医師 「また急性中耳炎になってます。鼻が出てたんなら、すぐに連れてこないと・・。 それに最近は頻繁に中耳炎になってるようですが、その原因は3つです。1つは症状がなくなってもちゃんと通院しないとダメです。中耳炎が治りきるまでに自己判断で通院を中断するのはよくないです。2つ目は鼻が出てきたのなら、中耳炎になる注意信号なので、すぐにつれてくること。3つ目は保育園がよくないね。いったん中耳炎や鼻が治っても、すぐにほかの子供からばい菌をうつされるから炎症を繰り返すのは当たり前だね。こんな場合は保育園をやめないと、治っていかないよ。」

 K君の母親 「はい、すみません。なんとかがんばって通院しますので、よろしくお願いします。」

 G医師 「お母さん、こちらもがんばって治療してるんですよ。今、僕がいった3つの原因、通院を途中でやめる、鼻汁が出てきてもすぐに来ない、保育園に通わす、これ、全部、お母さんの責任じゃないですか。これじゃあ、いくら僕ががんばって治療しても、よくならないですよ。難聴になったりとか、お子さんの将来のことも考えてあげないと。」

とにかく、この場は低姿勢で、切り抜けるしかない。薬をもらい、帰宅途中で寝てしまった我が子を抱いて自宅につくと、もう9時前。夕食の準備をする気力は限りなくゼロに近い。そこに夫が帰宅。

 父親 「えっ、また中耳炎!? ちゃんと通院してたのか。きっちり治ってないから繰り返すんじゃないの。将来、難聴になることもあるっていうぜ。医者を替えるとか、なんとかしてくれよ。」

 母親 「そんな、私ばかり、責めないで。・・・・・・」

そう、もうこの母親にはキレる元気もない。職場では白い目で見られ、保育園では非難され、医院では怒られ、自宅では夫に責められる。涙が止めどなく流れるのを止めることはできない。泣いても何1つ解決しないことは十分すぎるほどわかっているのだけれど。

 

 

私の意見このケースのメイン・テーマは保育園と中耳炎です。中耳炎を繰り返したり、なかなかよくならない場合、しばしば保育園が槍玉に挙げられます。欧米の研究でも、保育園に通園している小児の方が中耳炎が長引いたり、繰り返しやすいことが確認されているのは事実です。

しかし、保育園だけが炎症を繰り返す原因の全てというわけでは決してありません。保育園通園が中耳炎に悪影響を及ぼすという点だけを強調して、通園の停止を勧めることは適切な指導とは私には思えません。ましてやお子様が保育園をやめるとなると、ご両親やほかの家族の方の生活への影響が避けられません。その家族の人生をも左右しかねない重大問題なのです。保育園への通園が中耳炎にどの程度影響するものなのか、保育園をやめて自宅で過ごすようにした場合、中耳炎が治る確率がどの程度になるのか、きっちりと説明して、ご両親に決断をゆだねるというのが医師の姿勢ではないでしょうか。

さらに加えると、仮に保育園をやめて中耳炎が治るとしても、保育園をやめることによるお子様の不利益、例えば、社会性が身に付くとか、規則正しい生活を送るとか、そのような保育園の役割を犠牲にするほどの利点があるのかどうかもご家族に検証していただく必要があるのです。医師が安易に「保育園をやめさせなさい」といえる問題では決してないと私は考えます。

保育園のことばかりを責める医師は、私には家族が対処できないことを原因として強調し、中耳炎を治す努力を怠っている責任転換をしているとさえ思えることもあります。

実際、急性中耳炎を頻繁に繰り返す、反復性中耳炎という状態については、通常の急性中耳炎の場合の治療に加えて、再発を繰り返さないための対策をとっていく必要があるのですが、多くの場合、何の工夫もされていないのが実情です。もちろん、中耳炎の反復する頻度にもよりますが、2ヶ月で3回以上中耳炎を繰り返すような場合は反復性中耳炎を念頭に置いて治療を進めるかどうかが大切なポイントになります。

数年前に、メールで、「保育園をやめるように耳鼻科医から再三いわれ、困っている」というご相談を受けました。しかも、近くでほかには耳鼻科がなく、通院先を替えるわけにもいかないとのことでした。私は保育園や近所で同じように困っているお母さんがいらっしゃるはずなので、何人かが集まって、その耳鼻科医に、保育園に通園を続けることを前提に治療をしてもらえないかと、申し入れてはどうかと提案しました。残念ながら、このケースではその後のご連絡がなく、実際にどうなったかはわかりません。

お母さんのための『中耳炎物語』
ストーリー4
「保育園がやり玉に・・・」
 終

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